2015年03月01日

CBYROP ―キュービィロップ―




空を染めるは深みのあるオレンジ。ほのかに輝きだした月は金。吹き向ける風は闇を帯び、緩やかに流れる時間は哀を感じさせる。
 僕が彼に出会ったのはそんな時だった。


 先生が僕への理不尽とも思える説教を終えたのは、夕方も六時を過ぎた頃だった。最近秋が近くなってきたせいか、夕暮れが何だか物悲しい。
幽霊のうわさのあるこの学校でこんな時間まで生徒を説教するなんて酷い先生だ。そんな事を思いつつ、僕は校舎三階の廊下を進む。
 目的の場所は屋上。
 僕は日が山へと沈む瞬間見るのが好きで、放課後はしょっちゅう一人で屋上にいる。そして太陽を地球の裏側へ見送ってから家路に着く。
それが日課だった。さっき先生にそれがばれて怒られた。(ちなみに、僕は今まで一度も幽霊を見たことはない)
 『進路がまったく決まっていないのに何を考えているんだ』
 『そんな事をしていればいつか駄目になるぞ』  ぶり返ってくる不快な言葉たちを振り払うために、僕はさらに足を進め、屋上の階段を上る。
ふと足元に向いていた視線を上げれば、夕焼け色に染まる白亜の壁。階段を折り返して屋上へと続く扉へと目をやれば、その途中、階段の半ば辺りに見知らぬ男子が一人立っていた。
ボーっとした様子の彼の視線の先は、ガラス越しに見える夕焼けだ。考えてみてもまったく見た覚えのない男子だか、同じ制服を身につけ、学年を表す色も僕と同色だ。と言う事は、僕が知らないことがおかしいのか、もしくは――。
 (……転校生?)
 僕はそいつに見覚えの無い事を疑問に思いながら、消え去りそうな印象を受ける彼の横顔に言葉を投げる。
「何やってるの?屋上のドアなんか見つめて」
僕の声に彼が反応を示してくれた。
「……」
それは視線だけの返事だったが、何故だか冷たさは感じられなかった。
少しの間が生まれた。
何か考えるような間だった。
その後、彼が顔をこちらへ向け、
「そういえば、この先は屋上だったね」
そう言って静かに、微笑んだ。
 
 正直、変な奴だと思った。
 こんな時間にこんな所でガラス越しに夕日を見ていて。
 さっきの発言もおかしい。
 注意して見ていなければ、『いる』事にすら気が付かないような、流水のように不思議な存在感を持っている。そんな人間、僕はあったことがなかった。
 変な奴だと思ったんだ。

   「君は屋上に行くの?」
彼が僕に聞いてきた。だから僕は、
「うん、行くよ」
そう答えた。そうしたら彼は、
「そう、僕もそこに行こうと思ってたんだ」
僕に、というよりは、自ら噛み締めるように彼が言い、ゆったりとした歩調で歩き出した。僕は彼の背を見つつ、彼を追った。
 先を行く彼によって扉が開かれる。
 鮮やかなオレンジ色が、僕らを包んだ。

 「君は転校生?」
屋上の僕の腰までしかないフェンスのすぐ内側、コンクリートに座り、僕は開口一番彼に聞いた。真直ぐに彼を見ていた僕。彼はそれに少し戸惑ったようで、苦笑していた。
「そんなところだよ。……ところで、こんな時間帯に君は何をしていたの?」
「……居残りで先生に怒られてね。僕進路決まってなくってさ……。『お前はだから駄目なんだ』とか言われちゃったよ。参るよね、そんな事言われても……」
「あぁ、もうそんな時期になってたんだね。……。先生にも色々あるんだよ、きっと。だから少しイライラしてたんじゃないかな?」
そう言って、僕の同い年とは思えないほど穏やかに笑って見せる彼。
「あぁ、多分そうだと思う。今日は機嫌悪かったからなぁ……」
あぁ、そうか。間が悪かったんだ。僕は心の中で、運が悪かったんだ。と納得。姿を消しつつある夕日に目をやる。
 ゆっくりと山に沈んでいく夕日。
 あぁ、今日も一日が終わる。
 太陽、また明日。
 別れを告げれば、完全に太陽は山に隠れてしまった。きっとこれからしばらくの間は他の大地を照らすんだろう。
 太陽を見送って用を果たした僕は、
「じゃあ、そろそろ帰るよ」
「うん、じゃあね」
帰ることを彼につげ、家路に着いた。

 次の日。
テストが帰ってきた。
全部平均点を取れてなくて、先生にまた怒られた。それでも僕は忘れていなかった。昨日出会った『彼』のクラスを探す事を。
「ねぇ、転校生って何処のクラスかな?」
僕がクラスメイトに言えば、
「転校生?いないよ、そんなの」
皆が皆そう言った。その他、全部のクラスの友達にも、そう答えられたのだ。
 ……一体、何がどうなってるんだ?
僕は、一日、『彼』のことが頭から離れなかった。よく考えたら、名前も聞いていなかったんだ。
 休み時間に、『彼』を探して行ってみたが、沢山いた生徒の中にそれらしい姿は見当たらなかった。

放課後。本来なら空が燃える時間帯。しかし、今日は生憎の曇り空だった。そうにもかかわらず僕はまた屋上へ向かっていた。太陽を見送る、という習慣が目的ではなく、今日の目的は『彼』だ。
 屋上へ繋がる扉を開けば、濃い灰色の世界、見事な曇り空が広がっていた。そんな事は気にも留めずに僕は屋上の隅々に視線をめぐらせる。すると、昨日座っていたところに『彼』の後姿があった。
 僕はその背に駆け寄った。そして、少しずれて昨日と同じ位置に座る。
 「やぁ、今日も来てくれたんだね。よかった」
僕が転校生と嘘をついたことを責めようとした瞬間、彼は言った。その表情は相変わらずの微笑み。
「うん、今日も先生に怒られちゃってさ。こんな成績でどうする!って。僕の人生、もう希望が持てないな……。あ、そういえば君は、どうして転校生だなんて嘘をついたの?」
「……君に、これをあげるよ」
緩やかに聞いた僕の質問は見事に流された。
彼が僕に向けて手を出す。その手にあったのは一つの袋に二つの正方形の飴が入った袋だった。それを彼は一つ取り出し、もう一つを僕に渡してきた。
「知っている?これキュービィロップって言うんだ」
「うん、知っているけど……」
普通、一袋には二色の色の飴が入っているはずだけど、彼が持っていたのは二つとも透明なキュービィロップ。僕は、透明なのは見たことが無かった。
「のぞいてこらん、こんな風に」
そう声を掛けられて、透明なキュービィロップから彼に視線を移せば、真直ぐ前を向いて目の前に飴を持って、片目を瞑って飴をのぞいていた。僕も彼の言う通りにやってみる。
 見えるのは空の灰色。
「君にプレゼントだよ。僕に『気付いてくれた』君に」
彼が言っている最中も、僕はキュービィロップを覗いていた。なぜかと言えば、灰色だけだったキュービィロップが金に輝き始めたのだ。
 僕がそれに目を見開いて見入っているうちにも、彼の言葉は続く。
「その透明なキュービィロップはね、未来が見えるんだ。時期に見えてくるはずだよ、君の未来」
 僕の覗いているキュービィロップの輝きが増し、その光は金から朱色に変わっていた。
 ありえない出来事に驚き、僕にはそれ以外見えていなかった。
「君は疑うかもしれないけど、君の未来は希望に満ちているんだよ。ほら、見てごらん」
不意に、僕の手を彼の手が掴んだ。温度を感じさせない手が、僕の手を引っ張って視界が広がる。
「ほら、ね」
 いつの間にか現れていた正面の輝き。
 それをとらえた僕は、驚きを隠す事すら忘れた。
 今までどんよりとした曇り空だった空。その雲が切れ、夕焼けの光が僕らに降り注いでいた。
 今まで隠れていた太陽が、僕を照らしているのだ。
 偶然にしては出来すぎた奇跡。
「これが君の、未来なんだよ」
「……!凄い!!凄いよ!!コレ!!ねぇ、君はどうなの?君の未来も、光っているの?」
なかば狂喜に近い声を上げて、僕は彼にねだるように聞いた。しかし、返ってきた答えは僕の予想に反していた。
「僕の未来は、暗くないけど明るくない。透明なまま。つまり、無いんだ」
「え?」
「僕は縛られていたんだ。君と会ったあの場所に。でも、君が僕を見つけてくれたお陰で、僕は自由になれた。すべて思い出したんだ。ありがとう」
「……何?何言ってるの?」
僕は戸惑った。当然ながら彼の言っている事の半分も理解できてない。
「つまり僕は、昔に生きていた人間なんだ。本来なら、君が会うこともなかった人間」
哀しげに告げる彼の瞳を見て、そこでようやく僕は理解した。
「……ユーレイって事?」
静かに彼が頷いた。
「悲鳴を上げて、逃げてもいいんだよ?」
彼は言うが、僕は、それは違うと思った。僕は彼を友達として一緒にいたいと思ったし、仲良くなれると思った。
 そうだ。逃げるのは、違う。僕がやるべきことは……。
「逃げないよ、僕は。見送る。今までそうしてきたように。ただ少し対象が違うだけさ」
「……そう、それじゃあ、僕はいくよ」
そう言った彼は見るからに嬉しそうに笑ってくれた。それを見たら僕も嬉しくなってきて、いつの間にか僕も笑っていた。
「綺麗なものを見せてくれてありがとう。元気でね」
僕が言えば、彼は少し照れくさそうに俯いて、
「またいつか、会えるといいね」
徐々に彼の姿、微笑みが薄れていく。

 まるで太陽のオレンジに溶けるかのように、彼は消えていった。





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posted by 竜星 もも嘉 at 16:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 出会いのショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月19日

万年雪の向こう側



「失礼します」
そう投げかけられたのは、俺が乙女の台座の警護をしつつ転寝をしていたときだった。
 補足として説明しておくと『乙女の台座』とは、伝説ではるか昔に何かの人柱になって、氷の中に閉じ込められた巫女さんを祭っているところだ。
 城からつながっている洞窟の奥。そこに乙女の台座は鎮座している。古めかしい石造りの台座の上には、もはや岩石とでも見えよう汚れた雪が台座の装飾を台無しにしていた。
 その雪は決して溶けない。真夏でも、あまり変化の無い洞窟の気温が気まぐれで上がろうとも、一度も水滴一つ溢した事は無かった。
「ん……?」
なんだ、という視線を込めて声の主を見れば、そこには見知らぬ男が。
 黒いマントで全身の多い、お決まりのようにその男の顔もフードで隠れて見えない。
「……何だ、お前!」
俺は、帯刀していたショートソードに手を伸ばすが、何故かそこにショートソードは無かった。
 それどころかそこまで動いただけで、恐ろしいほどの疲労感に襲われる。
「お前……魔道師か!」
 叫んだと思った言葉も、思いのほかボリュームも無く洞窟に響く事すらなかった。
 怪しげな黒いフードの男が、万年雪に触れる。そうするとその雪は小刻みに痙攣し始めて、次第にひび割れ始めたのだった。
「や、やめろ」
俺は言うが、その言葉に一体どれほどの効果があるのか。
「やめてくれ!」
目を瞑って叫ぶと、糸が切れたように俺の意識は途切れてしまった。

 それから、どれくらい経っただろうか。俺は何事も無く目を覚ました。
 体の調子もおかしくはないし、あたりを見回すと、怪しげな黒いフードの男もいない。乙女の台座にも、なんら変わったところ無かった。
「なんだったんだ」
俺は一人呟き、万年雪へと歩み寄る。
 この中にいるであろう巫女様は、その身を犠牲にして国を助けた。それはとても尊敬に値する。諸説あるが、その巫女は当時の王子との婚約も決まっていたというのだ。
「すっげー、女だよな」
俺は、その巫女を尊敬していた。
 だから、俺は、一人警備のときはいつもこの万年雪に触れる。
 いつものように跡を残さないように、と言っても、爪を立てようが拳を振り下ろそうが、この万年雪はピクリともしないのだ。
 だから、俺は何のためらいも無く彼女に触れた、の、だが。
 俺の手が万年雪に触れた瞬間、氷がパキパキと音を立てた。そして万年雪は待った無しで砕け散ってしまう。
 驚いて、俺の体は動かなかった。凍りつく俺とは裏腹に薄汚い万年雪は、粉々に砕け内側の美しい氷を煌かせる。
 乙女の台座の上に、美しい少女が立っていた。歳は18くらいだろうか。
 柔らかそうな金髪。万年雪のブルーのような瞳が、じっと俺を見つめていた。そして彼女は、程ほどの高さのある乙女の台座から飛び降りたのだった。
 現実とは思えない言葉をつむぎながら。
「王子様! 待っていてくださったのですね!」
咄嗟に巫女らしき女を受け止めながら、俺は我が耳を疑った。改めて彼女を着地させながら、彼女の顔を見れば、やはり万年雪のような瞳が、俺の事を愛おしそうに見つめているのだ。



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これで長編小説かけそうですねっ!


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posted by 竜星 もも嘉 at 18:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 出会いのショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月17日

花音――カノン――



花音――カノン――


それは大学に入学したての春の事だった。

 その日、僕は困り果てていた。なぜかといえば理由は至極簡単、迷ったのである。僕はまったく見覚えの無い住宅街をさ迷い歩いていた。

 迷子になるなんて一体いつ以来の出来事だろうか、と考えられる辺り、まだ絶望感もないのだろう。そう半ば他人事のように思っていた。更に僕は、迷う前の自分の行動を振り返る。一体何が悪かったんだろう、遠くに大学が見えて、近道をしようとしたのがいけなかったのだろうか。
 まだ珍しい不慣れな町の住宅街には、やはり慣れない花の香りが漂っていた。それは異国の香りのように華やいでいる。家の作りも欧米を意識したようなレンガ造りや白亜の壁であった。
 「外国になんて行った事は無いんだけど」
 そう呟いて、僕は笑う。
 状況的には、幼い頃の冒険のように楽しい。しかし、だ。
 このまま迷い続ければ、大学の講義に遅刻するのは目に見えている。脳内には、過去、中学受験の時に母から言われた言葉が勝手に思い浮かんでくる。
あなたはもう少し、焦るということを覚えなさい!
過去の記憶のはずなのに、その言葉だけは鮮やかに脳内に響いた気がする。
 母の言葉を参考に、僕は焦ると言う行動に出ることにした、具体的にどうしたら焦るという行動ができるのかはわからないのだが。
 ちょうど、僕が自分なりに焦り始めた時だった。
 花の香りと鮮やかな色彩を露払いに従え、彼女の声が響いた。
 彼女、と言うのはその音の印象だ。実際はバイオリンか何か、そういう楽器のような音である。
柔らかいようで、少し気まぐれなような響き、旋律。その彼女の音が奏でるのはカノン。パッヘルベルのカノン、有名な曲だ。
 僕は自然と、音のする方へと歩き出す。理由は無い、なんとなくだった。
 花の香りと、春特有の包み込むような暖かさをかき分け少し歩くと、その音の発信源にたどり着く。
 ある一軒の家の中から聞こえてくる古き良きバイオリンの音。
 周りの家と同じようにバラやなにか西洋風の植物に彩られた庭の先、大きな窓からバイオリンがちらちらと見え隠れしている。窓際には、毛の長い猫が一匹、小さな花瓶の横に座っていた。
 僕は、無意識にその窓を凝視してしまう。
タイミングを計ったかのように途切れる旋律。揺れるセピアの髪が、俯き加減の奏者の顔を覆い隠す。そのまま窓に背を向けて、奏者――若い女性らしき彼女は僕の視界から消える――、ように思った。
その瞬間。
 窓に座る猫が不機嫌そうに大きく尻尾を振ったのだった。それが小さな花瓶を倒してしまう。
 彼女が、柔らかな動作で振り返った。そして。
僕と、彼女の視線がかち合う。振り向いた拍子に揺れた髪の一本一本が重力に従って落ちていくのがハイビジョン映像のように僕の目に映った。
 一瞬、暖かな春の風が、僕を咎める様に吹く。そう感じた時には、すでに僕はその場から駆け出だした直後であった。駆け出したのか、逃げ出したのか。それすら僕は考える余裕が無かった。
 花の香りを切り裂いて、その主の花達には驚いた顔をされつつ僕は住宅街の終わりまで一気に駆け抜ける。
 迷い込んだ住宅街は高台だったらしく、開けた空に大学の校舎が見えた。息を切らしながら僕は呆然とそれを眺める。実際、僕がその校舎の存在に気付いたのは少し後のことだ。
 今は、ただただあのバイオリンの主のことを考えてしまっている。
 何故僕はあの場から逃げ出したのか。家を覗いていたのがばれたからなのか、それとも別のことが原因なのか。ただ僕は呆然と風に揺れる花のざわめきに聞き入っていた。
 今、唯一ついえるのは、人生初かもしれない強烈な焦りを僕が胸に抱いていることだけ。




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posted by 竜星 もも嘉 at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 出会いのショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする