2015年03月10日

無感情なベリアル(ジグソーパズルの続き)



これはジグソーパズルの続きの話です。




年に一度、田舎町の祭り賑わいの中を、ある青年が颯爽と歩いていく。
彼の纏う雰囲気は、異質。シンと静まった森のように落ち着きがある。しかし、どこか気配が無い。
「おい、あれって……」
祭りの見物客の中の一人が、不意に隣の友人らしき男の脇腹を小突く。友人の男の視線は一瞬さ迷ったが、すぐに異質の青年に止まった。
「……『ベリアル』だ」
友人の男が小声で言う。
『ベリアル』とは、青年の通り名である。本人はまったくそのように名乗ってはいないのだが、彼の冷徹無感情さ、そして天が与えたのだろう美貌を称しているらしい。
 彼の白い髪と白い肌。そして深い青の瞳は、誰が見ても忘れる事が無いほどに印象的だ。
「どうしてこんな所に?」
最初に『ベリアル』を見つけた男が言う。そうしている間に、『ベリアル』に近付く祭り客に紛れた賞金稼ぎ。
「ここはアイツの出身地らしいよ」
 連れの男が答えた。それと同時に、賞金稼ぎに襲われようとしていると認識したらしい『ベリアル』が、賞金稼ぎを拳で地に沈めさせる。そして彼は流れるような視線で、噂話をしている彼らを一睨み。
「うっわ」
小さく呟いて、見物客の二人は散っていった。


町中に吟遊詩人の歌が響き始めた。この田舎町に吟遊詩人がいるなどあまり見る光景ではない、『ベリアル』は思う。そしてそこを通り過ぎようとした。しかし。

――運命の神は残酷?いや、皆知らないだけさ。彼は残酷なんかじゃない――

歌われた歌に、『惹かれた』。それは無自覚だが、感情が無い彼がだ。
続けて、歌われる。

――彼は孤高の神。時に忘れられた神
永遠の時を、ただ我ら子供を殺して過ごす哀れな神、悲しき神――


「どうかしましたか?『ベリアル』様、この歌が気になりますか?」
『ベリアル』がその歌に聞き入っている時、不意に背後からかけられた声。『ベリアル』の深い青の視線がその方へと向く。
そちらに立っていたのは男だった。しかも執事のように礼儀正しく恭しい雰囲気を持つ男だ。
「……俺はラルカ。そう名付けられた。それに俺には――」
「貴方には、感情が無い?」
確信。それは『問い』として機能していない問い。まるで試すような響きを持っていた。
彼はそれに何を思うことも無く、一度頷く。
「そうですか、貴方が」
言うと共に、男は自らの右腕を胸の前に置き一礼。それにあわせて、彼の眩い金髪が揺れた。
「しかし感情の無い貴方が、確かにあの歌に『惹かれ』ましたね?」
そして、この問いも確信。
「……あの妙な感覚がそうだというなら」
ラルカが言えば、男は満足げに微笑んだ。
「貴方を待ちわびている方がいます。私と共にいらしてください」
「……」
疑いの視線。しかしそれは決して感情ではなく、ラスカが過去の経験から算出した確率である。
 ラルカに差し出された手。
 男の空色の瞳がラルカの深い青の瞳を映した。
「いらしてくだされば、『貴方』という存在の理由が分かりますよ?」
甘く囁くように男は言う。彼の浮かべた微笑はどこか謀る様なもの。しかし、それはラルカにとっても甘い蜜のような誘いだった。
 生まれて二十数年、彼に欠落した感情そのもの。
 人々が何故笑うのか、何故泣くのか。理由を理解できても、そうする事が出来なかった。
 実の子でありながら、両親に塵ほども似ていない己。

数秒の間。
それは果たして悩みの為の間だったのだろうか。それだけたった後、ラルカは差し出された手を握った。
瞬間、彼が太陽のように満面に笑ってみせる。同時に、辺りが深海の青に染まった。そうかと思えば、すぐに白く移り行く視界。
たった数秒だけで、ラルカは『何処か』に立っていた。

真っ白い空間。
空も無い。
光も無い。
ただの白。
本来、地面に該当する場所には、無限に敷かれるジグソーパズルが。一つ一つのピースが集まり、形取るのは何の意味も無い模様。ラルカはそのジグソーパズルを踏みつけ立っていた。
「……ここは?」
金髪の男に問うために彼に視線を向けるラルカ。そこで、彼は自然界ではありえないものを目にする。金髪の男は、浮いている。いや立っているのだ、宙に。常人ならば驚くところだか、ラルカにはそうする術が無い。ただ彼はそれを受け入れた。
「時に忘れられた神のいる空間」
先ほどのラルカの問いに男が答える。
「さっきの歌の、運命の神?」
ラルカが再度問う。
しかし、その問いに金髪の男が答える事はなかった。彼はラルカの背後に向けて、先ほどラルカに向けした礼よりも数段深く一礼していた。
 ラルカが、何故そうしたのかを突き止めるために振り返る。そうした先には、一人の少年が宙に立っていた。
真っ白な空間の中にいる、真っ白な少年。ただ、彼に色があるとすれば瞳の深い青。ラルカと同じ、深い青。しかしそれはどこか哀愁の漂うもの。
 少年は少なからず驚いているようだった。
「お前……」
ただ一言、少年は呟く。その声は、見た目とは違い人々に威厳を感じさせただろう声。彼の視線が、金髪の男のほうへと流れた。同時に、頭を下げたままの金髪の男の姿が辺りの白に溶けていく。
 その様を見て、何かを理解したらしい少年。
 「余計な事を……」
言葉とは裏腹に、少年は微かにはにかんだ。しかし次には、真剣な表情へとそれは変化、一度高く指を打ち鳴らした。それを合図にラルカの体が浮遊、少年や金髪の男が足をついていた位置まで来て停止。
「我が子らを踏みつけられては困るのでな」
言われれば、誰もが疑問を持つだろう言葉。しかし、ラルカは下のピースの数々が人間達の運命を決めるもだと理解した。
 何故?
 その答えは目の前の少年が持っている。それもラルカは分かっていた。
「私はメティアと言う。『希望の子』、お前の名は?」
「……ラルカ」
「ラルカ?良い名だ。会いたかったぞ」
ラルカを見る目を、愛しそうに細めるメティス。まるで、親が子を慈しんでいるような表情だ。
「……会いたかった」
ラルカがメティスの言葉を繰り返す。心の中でも、深くかみ締めるように反復する。不思議そうに、ラルカは自らの瞼を瞬かせた。
 何故だろう、『会いたかった』という気持ちがラルカ自身の中にもあった。その理由を彼は考えるが、ラルカの持つ知識だけではそれに答えが出ることは確実に無い。
「ラルカ、私を時の流れに戻してほしい」
メティスの提案、頼み。
それはつまりどう言うことか。
それはつまり。
ラルカには分かっていた。それはやらなければならない事。
しかし、なぜだろう。頭では理解していてもラルカの体は動かなかった。
 それが拒絶という感情、意志であることにラルカが気づく事はない。
 時間稼ぎと称するのが正しいだろう、ラルカが理解していないように装ってメティスの瞳を見返す。
「私の心臓を、お前の持つ剣を刺して止める。簡単な事だろう?」
即ち、私は運命の神の座を降り時の流れに帰り、お前は運命の神を殺しその座へと座る。
「すまない、我が希望の子よ。私はもう、疲れた。我が最愛の子よ、最後の犠牲になってくれ」
メティスのあい色の瞳から、澄んだ涙がこぼれた。
「他の者が私を時の流れに戻せば、運命のピースの全てが私の血液に染まり壊れるが、お前ならば大丈夫だろう」
メティスが、ラルカの腰に帯びた剣を抜き、ラルカに握らせる。そして切っ先に手をやり、自らの心臓へと突きつけた。
同じ色の視線が絡み合う。
 緩やかな時間の流れ。しかし、それはラルカだけが感じられ物。
 可か否か、答えを待つ不安。しかし、それはメティスだけが感じられる物。

ラルカの手に力が篭る。消える切っ先、刀身。そして、また切っ先が姿を現す。
 メティスが胸に剣を抱いたままその場に崩れ落ちた。その時、何千、いや何万年ぶりにこの世界に彼の青い瞳以外の色が現れる。
 メティスの体から血液が流れ出でた。
 ラルカが、脱力して宙へと座り込む。
 「ラルカ様、私はレイラス。運命の神の従者です」
声。
微かに悲しみに震えたそれは、あの金髪の男のものだ。
ラルカが振り返れば、恭しく頭を下げた彼が。
「……ラルカ様、泣いておいでですか?」
レイラスが目を見張る。感情の無い彼の瞳から、メティスと同じような透き通った涙が零れ落ちていた。
「……分からないんだ。俺は……何故……?」
ただ、ラルカは呟く。




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2015年03月09日

ジグソーパズル





真っ白い空間。
空も無い。
光も無い。
ただの白。
本来、地面に該当する場所には、無限に敷かれるジグソーパズルが。一つ一つのピースが集まり、形取るのは何の意味も無い模様。
パズルの上、十センチほどの場所、と言ってもそこには何もないのだが。そこに足をつく色白、白髪の少年、メティア。この世界の色は、パズルの織り成す色と、彼の瞳の深い青のみだ。彼の纏う服も、愛想の無い白である。
無音で、メティアが見渡す限りに広がるジグソーパズルのピースを一つ外す。
その瞬間、地上ではそのピースが司っている人間が一人、死んだ。
「メティア様、そろそろお眠りになられたほうが……」
メティアの従者、レイラスがメティアに言う。しかし、そこにはレイラスの姿は無い。
 彼は声だけの存在、もしくは、メティアにだけは見えているのだ、と神々は言うのだ。
「レイラス、私に眠りは必要ないと何度言わせれば分かる?」
メティアの深い青の瞳が、虚空へと向く。
「しかし――」
「私の役目は、ここで未来永劫人を操り過ごす。それだけだ。他の事は必要ない」
わかったな。
そう言うかのように、メティアが視線を強める。
静寂。それはレイラスが不満はあるが了承した事の証拠だ。

長く続く静寂。
メティアは、パズルの上を歩く。そして、あるピースに目をつけたらしい、そこへ座り込む。
 そのピースは、灰色。それが司る人物は、あまり良い生活をしていないようだ。
 メティアが、希望を作り出す右手で拳を握る。数瞬の間も置かずにその拳の中が輝きだす。固く結んだそれを解けば、姿を現したのは直径一センチ程の金に輝く球体。メティアはそれをその一つのピースに向けて落とした。ピースは、その落とされた球体を拒絶することもなく微かに波紋を残して飲み込んだ。
 直後、灰色だったピースが球体と同じように輝きだし、その色を変えた。
 これで、ピースの司る人物の人生は、その輝きのようなものに変わるのだろう。

「レイラス、この時に忘れられた運命の神の運命も、このピースの中に存在しているのだろうか?」
不意にメティアが口を開く。
「『ただ、私にだけは見えないのかもしれない』などと言う事は、無いか?」
悲しげに伏せられた瞼。
力なく吊り上げられる唇の両端。
 メティアが、立ち上がったが、その姿はあまりに頼りない。
「恐れながら、そのような事はございません」

なにせ、貴方は『運命の長』なのですから。

レイラスが言った瞬間、メティアが数百年ぶりに感情を見せた。
 悔しそうに歯を食いしばり、左手で己が頭を抱える。右手は震えるほどに握り締め、メティアは息を荒くする。
 怒り、哀しみ、諦め。
 彼から垣間見れるのは、負の感情。
「今まで、数え切れないほどの子等を殺してきた。私が生を与え、見守った愛しい子等を……」
レイラスは、何も言わずにメティアの言葉に耳を傾ける。
「私は、いつまでこれを繰り返せばいいのだろうな……」
その呟きは、果たして答えを求めているのだろうか。
否。
彼の中では既に答えは出ているのだろう。
 恐る恐る、レイラスが言う。
「恐れながら、それは……『未来永劫』かと」

俯いたメティアの深い青の瞳から、透明なものが落ちる。
それは、彼の握り締められた右手へと落ちた。
「……?メティア様……」
レイラスが、何かに気付いたかのようにメティアを呼ぶ。
「……なんだ?」
己が涙を拭い、メティアが顔を上げる。
「!?」
右手に違和感。
今まで自らの意思で作り出していたピースが、ひとりでに現れていた。
朝焼けの色に輝くピース。
希望の色だ。
「……お前が、私を救ってくれるというのか?」
メティアは力なく言って、開いたパズルの隙間にその希望のピースをはめた。




続く



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posted by 竜星 もも嘉 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月05日

カナデ





 春の最前線に、私はいるのだ。
 春の最前線に、必ず彼はいるのだ。
その者、春を奏でるものなり。

「最近は暖かくなったわねー。このごろ急に花も咲き始めて、嬉しいわ」
私の隣でそういう世間話をしていたのは、今回泊まった宿屋の女主人だった。
 私は春の最前線を行くのだ。
この町に、彼はいる。
 朝日が降り注ぐこの町を、隅々まで探す必要など無い。
 彼は、いつも町を見渡せる場所にいるのだ。私は町を見回す。外れに、小高い丘が見えた。そこに彼はいるのだろう。
 私はそこへ向かって駆けた。町からの道を行くと、その道は林を突き抜け丘に続いていた。
 丘の上に、彼の背中が見える。彼は様々な楽器を持って世界の町や村を回っているのだ。
 そんな彼の名は、カナデ。
「カナデ!」
私は、今まさに演奏を始めようとしていたカナデに呼びかけた。そして彼の背中に抱きつくのだ。少しよろけたカナデは、数歩進んで態勢を立て直す。
「カナデ、会いたかった!」
言いながら、私は彼の前に回る。今回カナデが持っていたのはフルートだった。
 呆れたような彼の視線が、私を無遠慮に見下してくる。
「また追ってきたのかい?」
「そうよ、当たり前じゃない」
そう言って微笑めば、カナデは、今度はほんとに呆れて溜め息を放り投げてきた。
「僕には役目があるんだ。邪魔しないでもらえるか?」
そう言われれば、もう潮時。カナデは役目を果たさなくてはいけない。
 私はカナデから離れ、つぼみを膨らませた草花の上に座った。
「どうぞ、お役目を果たして」
「……まったく」
まだ何か言いたそうにしているカナデだが、それも一瞬で、次には銀に輝くフルートを構えた。
 カナデが、演奏を始めたようだ。何故『ようだ』と言うのかといえば、カナデはフルートを吹いているのだが、その音は私には聞こえない。と言うよりは、少なくとも人間には聞こえていないようだと、カナデを追いかける生活を続けて気付いた。
 しかし、演奏をしているカナデは綺麗なのだ。
 背筋を伸ばしたカナデが作り出すのは、春を告げる曲。彼が曲を奏でれば、春風が吹き、日差しが暖かく変わる。そしてその後は春を呼ぶ雨が降り、花々が咲き乱れる。
 私には生涯聞けないのだろう。しかし、その曲を演奏している彼を見ているだけで、聞こえないはずの曲が聞こえてくるように感じるのだ。
 しばらくすると、カナデがフルートを離した。
「今回も素敵だった!」
拍手をしながら言えば、カナデはやはり呆れ顔。
「聞こえていないのによく分かるな」
「分かる! 分かるよ! 絶対に綺麗で素敵ですっごい良い!」
「……馬鹿か、お前は」
「馬鹿で結構!」
カナデは私を見て、また溜め息をつくのだ。私は、彼に溜め息をつかせる天才なのかもしれない。
 カナデは、自分のお役目が終わればその場から消えて次の町へ行ってしまう。この町はもう、だいぶ春らしい。だから、彼はもう消えてしまうだろう。
「今回はなかなか見つけられなかったから、遅くなっちゃった。カナデはもう行ってしまうね?」
私は無意識に目を伏せた。地面に落ちた視界の隅で、カナデが動く。
「今回は、特別だ」
カナデはそういうと、またフルートを構えたのだった。
「カナデ……?」
普段とは違う行動に、私は疑問を感じた。彼の瞳が、私を見ている。
 フルートが、歌った。雪解け水を湛える清流のように澄んだ音が、あたりに響く。
「えっ、聞こえる……!?」
麗しい旋律が、辺りを蕩かす。脳すら蕩けるようだ。それを聞いている時間は過ぎるのはあまりにも早かった。演奏を終えたカナデが、私に視線を向ける。
「カナデ!」
座ったままの私は咄嗟に立ち上がり、カナデに駆け寄った。
「あ、ありがとう!」
私が言うと、カナデはそっぽを向いてしまう。
「もう行ってしまうのね」
その時暖かな風が吹いてきて、カナデの体がふわりと浮き上がった。
 お別れの時だ。カナデはこのまま何も言わずに言ってしまう。カナデは行く先をじっと見つめたまま、僅かに口を開いた。
「次は北東……、近くの町へいく」
言ったと同時、強い風が吹き荒れてカナデの姿は消えてしまう。
「カ、カナデが……、行き先を教えてくれた……!」
今までそんな事があった事はなかった。私は嬉しくなって、来た道を駆け下りていく。
 カナデを追いかけ、春の最先端を今日も行くのだ。

 その者に気付いてしまえば、その演奏に魅了されぬ者はいない。
 その演奏を聴いてしまえば、その者から離れられる者はいない。
 その者、春を奏でるものなり。




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posted by 竜星 もも嘉 at 20:06| Comment(0) | TrackBack(0) | ショートショート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする