2015年02月28日

歌え歌えセレナード



「ねぇ、今日、一つ恋が終わったの」
悲しげに少女は語る。それを聞くのは、一つの古いピアノ。彼女と同じ歳のピアノだ。
「なんだか、私のなかが空っぽな気がするの」
失恋、死別。その際に味わう独特の空虚、虚無感。

――だったら弾けばいいよ――

 古いピアノが語る。たとえ彼女に届く事が無かろうと。
 少女が、意ではないかのように、導かれるようにピアノの鍵盤を叩いた。
 細く長い指が鍵盤の上を踊るに合わせ、ピアノは歌った。


――僕が傍にいるからね 傷ついたときは来るといい

  僕はここにいるから

  ここで君を見守っているよ

  この歌が届かないと分かっていても

  君が奏でる限り 僕は歌い続けるよ

  君と一緒に歌うのが大好きだから――


「不思議」
少女は弾きながら呟いた。
「貴方がとてもあたたかく感じる」
不思議。
少女はもう一度言葉を落とす。




ランキング参加中

お気に召したらクリックお願いします
にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

小説 ブログランキングへ

posted by 竜星 もも嘉 at 19:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 掌編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月27日

太陽の香り



「僕ねー、この匂いが好きなんだぁ」
 少年が言うのは何の匂いか?

 甘い誘惑を振りまく菓子類?
 香ばしく香るハンバーグ?

「僕ね、この布団の太陽の匂いがすきなんだ」

 少年が、干したばかりの布団に抱きつくように倒れこむ。彼のやや後ろ、興味深そうに少女は少年の行動を眺めていた。何秒かして、少年に続く少女。
 布団の中の空気が、押し出され、部屋中に太陽の匂いが充満する。
「聞いてよ」
 少年が、顔を布団にうずめていた少女に呼びかけた。
 何?と少女の丸い瞳が少年を捉える。
「引っ越すんだって、僕ん家」
「……え?」
少女の口からわずかに漏れたのは、いったい何の声だったのか。少年は思ったが、彼は顔を深く布団にうずめてしまっていた。
 彼は彼女の表情を見ることが出来なかったのだ。少年は、自らの瞳にたまった涙を、太陽の布団にしみこませている。
 少女も同じく、布団に顔を押し当てた。

 部屋に満ちるのは、二人の啜り泣き。
 悲しみの中の彼らを包むのは、柔らかい太陽の香り。

posted by 竜星 もも嘉 at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 掌編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月26日

きれいごとはおきらいですか



 「この庭を真っ白い百合で埋め尽くしたら平和が来るんだ」
深窓の姫のごとく育てられたこのお坊ちゃま。
彼は夢見がち、否、夢の中を生きている。

 今この瞬間、窓から火炎瓶が投げ込まれてもおかしくない治安状況。人々は花を育てる間があれば、野菜を育てているというのに。

「そうですか」
窓際に立つ少年に向け言ったのは、少年に比べれば部屋の中心に近い所に立つボディーガード兼世話役の男。彼は長年少年を見守っていた。
「それで、僕は平和になったこの町で、何かの店をやるんだ」
 それを町のメインストリートの真ん中で言ったら、十人中十人が笑うだろう。しかも、その笑いは嘲笑の類。
 何の店をやろうか、と目を輝かせて考える少年を見つつ、
「そうですか」
 それだけ言って、なおもボディーガードの男は短く言って微笑むだけ。
「……僕の言っている事はきれいごと?」
不安げに、少年がボディーガードの出方をうかがった。
「そうです」
即答、そして間。
「……きれいごとはきらい?」
「えぇ」
大嫌いです。
 微笑がそう言った。長い間、暗い世界を生きてきたらしい彼にとっては、『お坊ちゃまのきれいごと』など嫌悪の対象でしかないのだろうか。
 少年の表情が驚愕に染まり、次には床に視線を落とす。そして悔しそうに、悲しそうに拳を握り締めて、体を震わせる彼。
「ですが、どうしてでしょうね」
ボディーガードが続ける。
「貴方の『きれいごと』が叶えばいいと思うのは」
少年が、ハッとして俯かせていた顔を上げればそこには。
 ボディーガードの優しい微笑。

 『あぁ、これが父親の気持ちなんですね』
 ボディーガードが内心で浮かべたのは呆れた様な苦笑だった。







ランキング参加中

お気に召したらクリックお願いします!
にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

小説 ブログランキングへ
posted by 竜星 もも嘉 at 19:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 掌編小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする